「Ghost of Tsushima × 対馬市」実際の対馬はどんな姿?長崎県が特設ページ公開

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ゴーストオブツシマ

長崎県観光振興課が、長崎県対馬市が舞台となった「Ghost of Tsushima」(ゴースト オブ ツシマ)とコラボした特設ページを公開しています。

Ghost of Tsushima × 対馬市

Ghost of Tsushima - About Tsushima」という特設ページには、ゲームの物語や実際の対馬市の歴史や様子が掲載されています。

Ghost of Tsushimaのスクリーンショットや実際の対馬の写真と説明、対馬のアクティビティや伝統料理も掲載されています。

アイコン
長崎県観光振興課
@ngs_kankou
#長崎県 の #対馬 を舞台としたPlayStation4ゲーム「GHOST OF TSUSHIMA」が、7/17に発売されました!舞台は13世紀後半。元軍(モンゴル帝国軍)からの侵攻に立ち向かう主人公「境井 仁」が、対馬を守るため戦うというストーリー。
https://t.co/pdrOtsPJgb
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#ゴーストオブツシマ
#ghostoftushima

※以下には一部、ゲームのネタバレが少し含まれます。

実際の対馬侵攻

中国大陸を制覇したモンゴル帝国(元)は、日本を属国とするべく、再三にわたり使者を送りますが、北条時宗を中心とした鎌倉幕府はすべて黙殺します。

この態度に、モンゴル帝国の初代皇帝フビライ・ハンは怒り、二度に渡り日本へ侵攻しました。1回目の侵攻を、「文永の役(1274年)」、2回目の侵攻を「弘安の役(1281年)」と呼びます。

日本占領の足掛かりとして、元軍が最初に足を踏み入れたのが、対馬にある小茂田浜でした。その数は3 万の兵士と 900 隻の軍船だっといわれています。応戦した武士たちは、圧倒的な戦力を前に全滅しました。そばには小茂田浜神社がありこの元寇の戦いで戦死した宗助国(そう すけくに)と部下の兵が祀られています。

ツシマ

ゲームの対馬侵攻

日本に侵攻すべく編成されたモンゴル帝国(元)の大船団を率いるのは、冷酷にして狡猾な智将、コトゥン・ハーン。もちろんゲームでもモンゴル軍は、小茂田浜に上陸します。

これを防ぐべく集結した対馬の武士団は、初めて見る元軍の兵略によって初戦で壊滅。島はたちまち侵略の炎に包まれました。

PS4

実際の金田城

西暦667年、浅茅湾南岸に突き出した「城山(じょうやま)」に築かれた古代山城です。663年に唐・新羅連合軍に敗れた倭国が、防衛の要所として最前線である対馬に築城したと言われています。

その後、1000年以上の時が過ぎ、日露戦争前夜という国際情勢のなか、再び要塞として整備され、巨大な砲台が据え付けられました。1350年以上前に防人が築いた古代山城と、100年前に旧日本陸軍建設した近代要塞が並存する城山は国の特別史跡に指定され、今もその数奇な歴史を物語り続けています。

リアル

ゲームの金田城

モンゴル軍によって占領され、対馬を統治する地頭(じとう)・志村が囚われてしまいます。主人公・境井仁は、伯父でもある志村を救出すべく、金田城に乗り込みます。

かねだ

その他

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